今、私たちはいろいろな人にサポートしてもらいながら生活しています。
中でも大きな支えになっているのが、仲間の存在です。
一緒にボランティア活動をしてくれたり、私が参加できないときには代わりにサポートしてくれたり。
そして、夫が通っている作業所の職員さんたち。
若年性認知症についても熱心に調べ、研修にまで参加してくれていると聞き、本当にありがたく思っています。
たくさんの人のサポートがあって、今の生活が成り立っている。
それが、私たちの現状です。
そして正直なところ……。
もっとサポートがあったらうれしい。
そう感じることもあります。
もちろん、これは今サポートしてくれている人たちを責めたいわけではありません。
ただ、こんなことをしてもらえるとうれしい、こんなサポートがあると助かる。
そんな私たちの気持ちを知ってもらえたらと思い、この記事を書くことにしました。
やってもらえるとうれしいこと
わたしにとってうれしいサポート|若年性認知症の夫と暮らす中で感じること
今、私たちはいろいろな人にサポートしてもらいながら生活しています。
中でも大きな支えになっているのが、仲間の存在です。
一緒にボランティア活動をしてくれたり、私が参加できないときには代わりにサポートしてくれたり。
そして、夫が通っている作業所の職員さんたち。
若年性認知症についても熱心に調べ、研修にまで参加してくれていると聞き、本当にありがたく思っています。
たくさんの人のサポートがあって、今の生活が成り立っている。
それが、私たちの現状です。
そして正直なところ……。
もっとサポートがあったらうれしい。
そう感じることもあります。
もちろん、これは今サポートしてくれている人たちを責めたいわけではありません。
そんな私たちの気持ちを知ってもらえたらと思い、この記事を書くことにしました。
ただ、こんなことをしてもらえるとうれしい、こんなサポートがあると助かる。
やってもらえるとうれしいこと
1.夫本人に話しかけ、会話をしてくれること
私がほかの友人と話しているとき、ふと気づくと、夫がひとりでぼーっとしていることがあります。
そんなとき、私は友人とのおしゃべりに集中できません。
夫はどうしているだろう。
ひとりで寂しくないかな。
そんなことが気になってしまいます。
以前だったら、そこまで気にならなかったのかもしれません。
でも今は、夫を放っておけなくなったからなのか、周りの人たちが夫にどう接しているかまで気になることがあります。
夫がひとりでいる姿を見て、疎外感を覚えることもあります。
もちろん、周りの人に悪気があるわけではないのかもしれません。私自身、以前より敏感になっているところもあると思います。
それでも、夫もここにいるのに。
みんなと一緒に楽しく過ごせたらいいのに。
そんな気持ちになることがあるのです。
だからこそ、気づくと誰かが夫のそばにいて、話しかけてくれている。
そんな姿を見ると、その人の優しさが心にしみます。
特別なことをしてほしいわけではありません。
何気ない会話でいいんです。
夫もその場にいるひとりの人として、自然に話しかけてもらえること。
それだけで、夫も楽しく過ごせますし、私も安心してほかの人との会話を楽しめます。
2.一緒に出かけてくれること
1時間程度のちょっとした外出でも、とてもうれしいです。
夫は外に出かけることが好きな人です。
でも、私には体力や気力が追いつかず、思うように付き合えないことも少なくありません。
そんなとき、誰かが夫をちょっとした外出に誘ってくれたら。
夫にとっては、楽しくて刺激のある時間になります。
そして私にとっては、ほっと一息つけるリフレッシュの時間になります。
少し自分の時間を持てるだけで、また夫と笑顔で過ごす元気がもらえるんです。
長時間でなくてもいい。
特別な場所でなくてもいい。
一緒に出かけてくれる人がいることは、夫にとってもうれしいことですし、私にとっても大きな支えになります。
こんなときは、少し悲しくなります
1.できないと決めつけて、声をかけてもらえないこと
きっと、気を使ってくれているのだと思います。
認知症だから難しいだろう。
頼んだら負担になるかもしれない。
そんなふうに考えてくれているのかもしれません。
でも、実際には、聞いてくれたらできたのに。
頼んでくれたら、一緒に取り組めたのに。
そう思うこともあります。
もちろん、力仕事や、誰かと一緒に行う必要があることもあります。
それでも、できるかどうかを周りが先に決めてしまうのではなく、まずは声をかけてみてほしいのです。
「これ、お願いできる?」
「一緒にやってみない?」
そんな何気ないひと言がうれしいこともあります。
できることに取り組めれば、夫自身も役に立てたという喜びを感じられるかもしれません。
私も、夫が自然にその場に参加できることがうれしいです。
サポートするというのは、何もかも代わりにやってあげることだけではないと思います。
本人ができること、やりたいことに目を向けて、一緒に取り組める機会をつくること。
それも、大切なサポートのひとつではないでしょうか。
2.目の前で、認知症のマイナスイメージを話されること
ときどき、夫が認知症であることを知らないのかな?と思うような発言を耳にすることがあります。
「認知症になると〇〇だから」
「〇〇さんが認知症になって、こうだった」
「認知症になったら大変だよね」
そんな言葉です。
もちろん、話している人に悪気はないのかもしれません。
認知症について、日頃感じていることを話しているだけなのかもしれません。
でも、目の前に認知症の本人がいることを、少しだけ考えてほしいのです。
夫は、その場にいないわけではありません。
すべてを理解できているかどうか、周りには分からなくても、本人の目の前で話していることに変わりはありません。
そして、私はその言葉を聞くたびに、なんとも切ない気持ちになります。
認知症になったら大変。
認知症になったら何もできなくなる。
そんなイメージばかりが語られると、認知症の人自身が、まるで何もできない人、何も分からない人であるかのように扱われてしまう気がするのです。
例えば、がんの人が目の前にいるときにも、同じように病気のマイナス面ばかりを話すのでしょうか。
そんなことを考えてしまいます。
認知症について話してはいけない、と言いたいわけではありません。
困っていることを相談したり、経験を共有したりすることは大切です。
ただ、目の前にいる本人の気持ちや尊厳にも、少しだけ想像を巡らせてほしい。
そう願っています。
サポートは、特別なことばかりではない
私たちは、たくさんの人に支えてもらっています。
そのことへの感謝は、これからも変わりません。
だからこそ、こんなサポートがあるとうれしい、こんな関わり方をしてもらえると助かる、ということも伝えていけたらと思っています。
本人に話しかけること。
一緒に出かけること。
できないと決めつけず、声をかけること。
本人の目の前で話す言葉に気を配ること。
どれも、特別な技術が必要なことではないかもしれません。
でも、そんな何気ない関わりが、夫の楽しい時間につながり、私の安心にもつながっています。
認知症の人を支えるというと、何か特別な知識や技術が必要だと思われることもあるかもしれません。
もちろん、それらが必要な場面もあります。
でも、それだけではなく、ひとりの人として自然に接してもらえることも、とても大切なのだと思います。
私自身、夫を放っておけなくなったことで、周りの人の態度にも敏感になっているのかもしれません。
だからといって、周りの人にすべてを求めたいわけではありません。
ただ、夫も私も、誰かに気にかけてもらえたり、自然に輪の中に迎え入れてもらえたりすると、うれしいのです。
これからも、周りの人たちへの感謝を忘れずに。
そして、夫も私も、無理をしすぎず、笑顔で過ごせる時間を少しずつ増やしていけたらと思っています。
私がほかの友人と話しているとき、ふと気づくと、夫がひとりでぼーっとしていることがあります。
そんなとき、私は友人とのおしゃべりに集中できません。
夫はどうしているだろう。
ひとりで寂しくないかな。
そんなことが気になってしまいます。
以前だったら、そこまで気にならなかったのかもしれません。
でも今は、夫を放っておけなくなったからなのか、周りの人たちが夫にどう接しているかまで気になることがあります。
夫がひとりでいる姿を見て、疎外感を覚えることもあります。
もちろん、周りの人に悪気があるわけではないのかもしれません。私自身、以前より敏感になっているところもあると思います。
それでも、夫もここにいるのに。
みんなと一緒に楽しく過ごせたらいいのに。
そんな気持ちになることがあるのです。
だからこそ、気づくと誰かが夫のそばにいて、話しかけてくれている。
そんな姿を見ると、その人の優しさが心にしみます。
特別なことをしてほしいわけではありません。
何気ない会話でいいんです。
夫もその場にいるひとりの人として、自然に話しかけてもらえること。
それだけで、夫も楽しく過ごせますし、私も安心してほかの人との会話を楽しめます。
2.一緒に出かけてくれること
1時間程度のちょっとした外出でも、とてもうれしいです。
夫は外に出かけることが好きな人です。
でも、私には体力や気力が追いつかず、思うように付き合えないことも少なくありません。
そんなとき、誰かが夫をちょっとした外出に誘ってくれたら。
夫にとっては、楽しくて刺激のある時間になります。
そして私にとっては、ほっと一息つけるリフレッシュの時間になります。
少し自分の時間を持てるだけで、また夫と笑顔で過ごす元気がもらえるんです。
長時間でなくてもいい。
特別な場所でなくてもいい。
一緒に出かけてくれる人がいることは、夫にとってもうれしいことですし、私にとっても大きな支えになります。
こんなときは、少し悲しくなります
1.できないと決めつけて、声をかけてもらえないこと
きっと、気を使ってくれているのだと思います。
認知症だから難しいだろう。
頼んだら負担になるかもしれない。
そんなふうに考えてくれているのかもしれません。
でも、実際には、聞いてくれたらできたのに。
頼んでくれたら、一緒に取り組めたのに。
そう思うこともあります。
もちろん、力仕事や、誰かと一緒に行う必要があることもあります。
それでも、できるかどうかを周りが先に決めてしまうのではなく、まずは声をかけてみてほしいのです。
「これ、お願いできる?」
「一緒にやってみない?」
そんな何気ないひと言がうれしいこともあります。
できることに取り組めれば、夫自身も役に立てたという喜びを感じられるかもしれません。
私も、夫が自然にその場に参加できることがうれしいです。
サポートするというのは、何もかも代わりにやってあげることだけではないと思います。
本人ができること、やりたいことに目を向けて、一緒に取り組める機会をつくること。
それも、大切なサポートのひとつではないでしょうか。
2.目の前で、認知症のマイナスイメージを話されること
ときどき、夫が認知症であることを知らないのかな?と思うような発言を耳にすることがあります。
「認知症になると〇〇だから」
「〇〇さんが認知症になって、こうだった」
「認知症になったら大変だよね」
そんな言葉です。
もちろん、話している人に悪気はないのかもしれません。
認知症について、日頃感じていることを話しているだけなのかもしれません。
でも、目の前に認知症の本人がいることを、少しだけ考えてほしいのです。
夫は、その場にいないわけではありません。
すべてを理解できているかどうか、周りには分からなくても、本人の目の前で話していることに変わりはありません。
そして、私はその言葉を聞くたびに、なんとも切ない気持ちになります。
認知症になったら大変。
認知症になったら何もできなくなる。
そんなイメージばかりが語られると、認知症の人自身が、まるで何もできない人、何も分からない人であるかのように扱われてしまう気がするのです。
例えば、がんの人が目の前にいるときにも、同じように病気のマイナス面ばかりを話すのでしょうか。
そんなことを考えてしまいます。
認知症について話してはいけない、と言いたいわけではありません。
困っていることを相談したり、経験を共有したりすることは大切です。
ただ、目の前にいる本人の気持ちや尊厳にも、少しだけ想像を巡らせてほしい。
そう願っています。
サポートは、特別なことばかりではない
私たちは、たくさんの人に支えてもらっています。
そのことへの感謝は、これからも変わりません。
だからこそ、こんなサポートがあるとうれしい、こんな関わり方をしてもらえると助かる、ということも伝えていけたらと思っています。
本人に話しかけること。
一緒に出かけること。
できないと決めつけず、声をかけること。
本人の目の前で話す言葉に気を配ること。
どれも、特別な技術が必要なことではないかもしれません。
でも、そんな何気ない関わりが、夫の楽しい時間につながり、私の安心にもつながっています。
認知症の人を支えるというと、何か特別な知識や技術が必要だと思われることもあるかもしれません。
もちろん、それらが必要な場面もあります。
でも、それだけではなく、ひとりの人として自然に接してもらえることも、とても大切なのだと思います。
私自身、夫を放っておけなくなったことで、周りの人の態度にも敏感になっているのかもしれません。
だからといって、周りの人にすべてを求めたいわけではありません。
ただ、夫も私も、誰かに気にかけてもらえたり、自然に輪の中に迎え入れてもらえたりすると、うれしいのです。
これからも、周りの人たちへの感謝を忘れずに。
そして、夫も私も、無理をしすぎず、笑顔で過ごせる時間を少しずつ増やしていけたらと思っています。

コメント