久しぶりの更新になります。
失業保険の申請や、実家の売買に関連していろいろと動いたり、なかなかゆっくり休む間もない数ヶ月を過ごしています。
予定そのものはそれほど多くないのですが、最近は夫をサポートする頻度が増えてきたように感じます。
必要なサポートの内容にも変化があり、どうすればうまくいくのか、日々頭を使いながら過ごしています。
入浴の際に、シャンプーと洗顔フォームの使い分けが難しくなってきた
最近の大きな変化のひとつが、入浴時に使うものの使い分けです。
今年の7月頃、シャンプー、リンス、ボディーソープ、洗顔フォームをうまく使い分けられなくなっていることに気づきました。
洗顔フォームで髪を洗ったり、シャンプーで髪を洗ったあと、そのまま顔まで洗ってしまったり。髪を洗い流すのを忘れてしまうこともありました。
こちらである程度見守りをしないと、適切に入浴することが難しくなってきたのです。
そういえば、最近は夫の髪がずいぶんパサパサしているなぁと思っていました。
もともとは柔らかい猫っ毛だったのに、どうしてこんなに髪がきしむようになったのだろう……と不思議に思っていたのです。
まさか、洗顔フォームで髪を洗っていたとは!
原因がわかって、なるほどと思うと同時に、やはりショックもありました。
認知症の人がお風呂に入りたがらなくなる理由
認知症の人がお風呂に入りたがらなくなる、という話をよく聞きます。
実際、夫の父もそうでした。
ただ、義父はお風呂そのものが嫌いになったわけではなかったように思います。
入浴剤を入れると喜んでいましたし、息子たちがサポートにつくと、すんなりお風呂に入っている印象もありました。
その様子を見ていて、入浴を嫌がる背景には、不安な気持ちも大きく関係しているのではないかと感じていました。
お風呂に入ったあと、次に何をすればいいのかわからない。
たくさん並んでいる道具の中から、どれを使えばいいのかわからない。
私たちにとっては何気なくできることでも、認知症のある人にとっては、ひとつひとつ考えながら進めなければならないのかもしれません。
そう考えると、入浴という日常の何気ない行動も、思っている以上に頭を使うものなのだと感じます。
もちろん、入浴を嫌がる理由は人それぞれだと思います。けれど、本人が何に困っているのかを考えてみることは、大切なのではないでしょうか。
言葉だけでは難しい。そこで、イラストと文字で工夫してみた
とはいえ、自分の夫に同じことが起きると、最初はなかなか受け入れられませんでした。
シャンプーで顔を洗っていることに気づいたときも、どう説明すればいいのかわからず、うまく伝えられなかったのを覚えています。
それでも、どうにかしなければなりません。
まずは、お風呂のときに見守りをしながら、必要に応じて声をかけることを続けました。
けれど、言葉で説明するだけでは、うまくいかないこともわかってきました。
そこで、使うものの名前や用途を、わかりやすく書いておくことにしました。
特に難しかったのが、シャンプーと洗顔フォームの使い分けです。
この2つについては、文字だけでなく簡単なイラストも添えて、どこを洗うためのものなのか、ひと目で判断できるようにしてみました。
毎回見守りながら、必要に応じて声をかける。
言葉だけで難しければ、文字やイラストでも伝える。
そんなふうに、少しずつ工夫を重ねていきました。

少しずつできるようになり、再び一人で入浴できるように
しばらく時間はかかりましたが、少しずつ変化が見られるようになりました。
シャンプー、洗顔フォーム、ボディーソープを使い分けられるようになり、入浴の手順も、以前のようにひとつずつ進められるようになったのです。
リンスについては、正直なところ、きちんと使えるようになることまでは期待していませんでした。
ところが、今では声をかけなくても、最後にちゃんと使っています。
髪がパサパサしていたことを伝えたのが、印象に残っているのかな?(笑)
最初の数週間は、入浴のたびにサポートが必要でした。
それでも、少しずつ自分でできることが増え、今ではまた一人で入浴できるようになっています。
手間をかけて工夫することは、本人のためだけではない
夫が一人でお風呂に入っている時間は、15〜20分程度です。
でも、そのちょっとした時間が、私にとっては大切な息抜きになっています。
もちろん、見守りや声かけが必要になれば、その分こちらの手間も増えます。
それでも、本人が困っていることを見つけ、少しでも自分でできるように工夫する。
すぐに結果が出なくても、時間をかけて取り組んでみる。
そうすることで、再び自分でできるようになることもあるのだと、今回あらためて感じました。
認知症が進行していく中では、これまでできていたことが難しくなる場面も、これから増えていくのかもしれません。
そのたびに、できなくなったことをただ補うだけでなく、どうすれば本人が自分でできるのかを考えていきたいと思っています。
手間はかかっても、できることを続けられるように工夫する。
長い目で見たとき、これは本人にとっても、支える私にとっても、とても大切なことなのだなぁと思う今日この頃です。
