サポートが必要な家族がいると、
「ほんの少しでいいから、1人になる時間がほしい」
そう感じることがあります。
これは決して、冷たい気持ちや逃げたい気持ちからではありません。
私だけでなく、知的障害のあるお子さんを育てている友人も、同じような思いを抱えていますし、サポートの有無に関わらず、子育てをしている多くの方にも共通する感覚ではないでしょうか。
若年性認知症の家族介護は、外からは見えにくい
若年性認知症の家族と暮らす毎日は、外から見るととても穏やかに見えることがあります。
外で接する人との関わりは短い会話が中心で、何かを一緒に継続して行う場面が少ないからです。
しかし、家族として一緒に生活していく中では、その家庭なりのルールや流れがあります。
認知症の場合、そのルールがうまく理解できなかったり、覚えていられなかったり、「やろうとは思っているけれど方法がわからない」ということが起こります。
それを見て見ぬふりをすることは、家族にとって大きなストレスになります。
家族だからこそ、常に気を張ってしまう理由
●できていたことが「できなくなる」不安
若年性認知症の特徴は、できていたことが少しずつできなくなっていくことです。
「今はできているけれど、次も同じとは限らない」
その不安が、家族の緊張を常に高めます。
子どもの場合は、できなかったことが少しずつできるようになっていきます。
一度できるようになったことは、過度に気にかけなくてもよくなっていきます。
しかし若年性認知症の場合はその逆です。
●見守ること、待つことのストレス
困っているなら自分から言ってくれればいい、と思うこともあります。
けれど、家族が困ったまま何十分も立ち止まっている姿を見るのも、また別のストレスなのです。
だからこそ、「これは難しいかもしれないな」と感じることに対して、つい早めに声をかけ、手を出してしまうこともあります。
時には相手にも合わせてもらう必要性
一緒に過ごしていると、どうしても神経が尖ってしまいます。
もちろん性格にもよると思いますが、私はもともと少し神経質なところがあります。
どうしても譲れない部分については、私も合わせてもらう必要があります。
その分、できるだけ理解しやすい伝え方を心がけています。
それでも、言葉がどうしても伝わらない時があります。
疲れていたり、ホルモンバランスが崩れていたりすると、イライラしてしまい、きつい言葉をかけてしまうこともあります。
だからこそ必要な「一人の時間」ー頭をリセットして心を守る
介護者の頭の中には、自分のことだけでなく、家族の予定や必要なことが常に入っています。
家族と少し離れている時間は、そうしたことを一度考えなくて済む時間でもあります。
頭の中がリセットされるような感覚になり、また気持ちに余裕を持って接することができるようになります。

優しく接するために、距離を取るという選択
一人の時間を持つことで、優しく、わかりやすく接することができます。
その結果、物事が驚くほどスムーズに進むこともあります。
介護者が休むことは、家族全体にとっても大切なことなのです。
支え合える関係があることのありがたさ
我が家では、信頼できる友人が時々、家族だけを自宅に招いてくれることがあります。
その間、私は家でのんびりしたり、落ち着いて家事や自分のことをする時間を持つことができます。
その時間は本当に貴重で、心から感謝しています。
そして私たちも、必要なときには友人家族を支える時間を取るようにしています。
お互いに、できるときに、できる範囲で支え合える関係があることを、とてもありがたく感じています。
若年性認知症の家族を支えるすべての方へ
家族と少し距離を取ることは、逃げではありません。
それは、介護者自身の心を守るため、そして結果的には家族を守るための
大切なケアではないでしょうか。
どうか、堂々と「一人の時間」を必要なものとして大切にしてください。


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