夫が認知症とわかったとき、私がまず考えたのは「引っ越し」でした。
当時住んでいたのは、横浜のセーフティネット住宅というUR賃貸。補助が出るのは最長10年で、もともと「一時的な住まい」と考えていました。将来的には海外で暮らすことも考えていたのです。
しかし、コロナ禍で数年間は身動きが取れず、予定は大きく変わりました。
仮住まいのつもりだった家も住み心地がよく感謝していましたが、夫の認知症がわかったとき、私は「日本で暮らし続けよう」と決めました。
そして同時に、「もう転々とする生活は終わりにしよう」とも。
環境の変化は“刺激”ではなく“大きな負担”
認知症の方にとって環境の変化は、刺激どころか生活の支障につながる大きな負担です。
実際、これまでの引っ越しのたびに夫は戸惑ってきました。
部屋や家具の配置、鍵の開け方、トイレの流し方、蛇口の操作方法、お風呂の追い焚きの仕方——。
生活に欠かせないことが家ごとに少しずつ違うため、慣れたころにまた引っ越すと混乱が生まれます。
今はまだ何とかできても、10年後も同じように対応できるとは限りません。
だからこそ、「安心して、ずっと住み続けられる家」を探そうと決めました。
家を探すときに考えたこと
正直に言えば、お金は十分ではありませんでした。
借家で十分だと思っていた私たちが住宅を購入するとなると、現実的に考えなければならないことが多くありました。
そこで、次の条件を基準に探しました。
- 実家から遠すぎないこと
- 慣れ親しんだ仲間がいる地域であること
- 将来介護が必要になっても外出しやすい(2階以下、またはエレベーター付き)こと
- 今の家賃より月々の支払いが安いローンであること
- 駐車場があること
- 騒音など環境的なストレスが少ないこと
- 夫(ヤシさん)が気に入ること
仲間たちが住んでいるエリアが決まっていたため、その範囲で物件を探しました。
予算と現実
約8ヶ月、毎日のようにネット検索を続けました。
間取りを見るのは好きでしたが、購入は別物。
貯金はほとんどなく、両親から借りるお金も含めて、自己資金はおよそ350万円。
月々の収入は2人合わせて約16万円でした。
現実的に狙える物件は1,000万円前後が目安でした。
さらに問題だったのがローンです。
夫は軽度認知症で診断済みだったため借入条件が厳しく、団体信用保険(団信)を使えませんでした。
将来働けなくなったとき、収入が減ったとき、生活保護を受けることになったときでも住み続けられるかを慎重に考えました。

大変だったけれど、得られた安心感
制度の調査、不動産との交渉、引っ越しの手配、日々の介護サポート——すべて私が中心となって動きました。
夫の実家の手伝いも重なり、大変な時期でした。
それでも、引っ越し後に訪れたのは深い安心感でした。
壁や床を見て「ここは自分たちの家なんだ」と実感した瞬間の喜びは大きかったです。
大家さんがいない、契約更新の心配がない——「もう引っ越ししなくていいんだ」という安堵は何ものにも代えがたいものでした。
もちろん古い団地ゆえの問題もあり、トイレが狭い、お風呂の排水に工夫が必要などはありますが、
「落ち着ける場所」があること自体が大きな支えになりました。
これからの暮らしに向けて
引っ越して1年半ほど。まだ改良中ですが、5年後・10年後の夫が暮らしやすいように工夫を続けています。
今取り組んでいることの例:
- 物の置き場所をわかりやすくする
- ラベルを貼って「戻せる」仕組みをつくる
- 家具の配置を固定し、動線をシンプルにする
完璧ではないけれど、引っ越し当初に比べると夫の動きはずいぶんスムーズになりました。
将来に向けた準備は誰にとっても大切だと思います。
少し早めのスタートでしたが、それが今の安心につながっています。
緑の見える静かな丘の上で、小鳥のさえずりや秋の虫の声を聞きながら。
忙しい毎日の中でも、少しゆったりとした時間を感じられるようになりました。


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